柄刀一「ミダスの河/名探偵・浅見光彦vs.天才・天地龍之介」

ルポライター浅見光彦はあるきっかけで、7歳にして白血病のために末梢血管細胞移植を受けようとしている少女、山内美結(みゆ)のことを知り、取材に乗り出す。

 

幸いにして白血球型の一致するドナーが見つかり、いよいよ移植手術の当日を迎えるが、その直前、ドナーである上園望実(のぞみ)が何者かによって病院から連れ去られてしまう。

誘拐犯は望実の以前の恋人であり、彼女の出生の秘密にからんで、地元の実業家、小津野陵(おづのりょう)を脅迫しようとしているようだった。

 

一方、従兄の光章らと砂金採りイベントに参加していた天地龍之介は、その会場となった川原で自動車の脱輪事故を目撃。

事故車両が出火、炎上する直前に車内から飛び出した遺体に他殺の痕跡のあったことから、事態は殺人事件に発展する。

車は小津野財団傘下の研究機関の所有であり、犠牲者はそこの職員だった。

 

誘拐と殺人のふたつの事件と、甲斐武田家の隠し金山伝説が、ふたりの名探偵をめぐりあわせる。


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内田康夫の生んだ、多分知名度では日本で5本の指にはいる名探偵、浅見光彦と、この作者のオリジナル探偵である天地龍之介のクロスオーバー編。

 

平成30年8月の刊になっているから、内田先生逝去の直後くらいか。

熱心な読者だったらきっとニヤリとできるのだろうくすぐりネタ、浅見が過去に関わった事件をふりかえるくだりなんかはほとんど分からなかった。

分かったのはドラマ版の方の歴代主演俳優ネタくらい。

 

移植手術当日に誘拐されたドナーを、その日のうちに無事に保護しなくてはならない、時間との競争、そこに不可解な殺人事件まで起きて、浅見シリーズではおなじみの歴史ミステリもからむ。

読み終わってみれば、作中ほぼ同じ一日の出来事というのに驚く、濃密な内容。

 

もうひとりの名探偵、天地龍之介のことはこれが初読で、善良で無邪気な天才型とタイプが浅見とかぶるせいで、この手のVSものとしてはちょっと物足りなくはあったんだけど、しっかり面白かった。

また浅見と邂逅することになる続編もあるらしいので、天地龍之介本来のシリーズともあわせて読みたい

ホリー・ジャクソン「自由研究には向かない殺人」

2012年4月、リトル・キルトンの町で発生した高校生失踪事件。

学園の人気者だった美少女、アンドレ(アンディ)が姿を消し、直後に恋人だったサリル・シン(サル)が自白ともとれるメッセージを残して自殺死体で発見される。

 

5年後、グラマースクールの最上級生になったピッパ・フィッツ=アモービ(ピップ)は、資格取得のための自由研究の題材にこの事件を取り上げる。

親友の姉を通じてサルを知っていたピッパには、彼が殺人犯とは信じられなかった。

 

サルの弟、ラヴィの協力も得て、事件関係者へのインタビューを中心に「自由研究」を進める中で、サル犯行説への疑念を強めていくが、そんなピップの調査を快く思わない何者かから脅迫状が届く。


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「このミステリがすごい2022」海外編2位にランクイン。

Twitterなどで作家さんたちなどの評判も良く、前々から読んでみたかった本。

 

主人公のピップがとにかく魅力的。

正義感にあふれて賢くて活動的、家族やクラスメイトとの軽妙なジョークのやりとりなんかも、すごく僕のツボだった。

捜査のためにコンビを組むラヴィとの関係、距離感も微笑ましく楽しい。

 

5年前に「被疑者死亡」で捜査の打ち切られた事件を掘り返すなかで、次第次第に明らかになっていく事実。

世間的には悲劇のヒロインと思われている美少女の一面の素顔、ピップ自身のよく知る人物にも浮かぶ犯行動機、そして姿を見せぬ脅迫者、と引き込まれるつくり。

時間に余裕のある時だったら、1日か2日で一気読みしちゃったんじゃないかと思う。

 

ピップを主人公にした続編が、イギリスでは3作目まで出てるようで、それも是非読みたい。

おすすめ度かなり高。

 

 

浅田秀樹「三体問題/天才たちを悩ませた400年の未解決問題」

有名な天文物理学上の未解決問題の本。
僕には珍しい理系の教養書で、読んでみようと思った動機というのが、某中文SFでこの三体問題を知ったから。
理系の人にはごく初歩的な入門書なんだろうけど、理解するにも楽しむにも、僕は素養が足りなかったかな。


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むしろケプラーニュートンオイラーラグランジュら、僕でも名前くらいは知ってる数学者や物理学者、天文学者たちの、本題からしたら脇道になるエピソードの方を興味深く読んでしまった。

福田和代「繭の季節が始まる」

21世紀初頭のパンデミックを経験して、人類は《繭》と呼ばれる制度を導入。
新型ウィルスが発見されると、警察官や消防官、医療従事者などの一部の職種を除いて、収束までの間、外出は原則禁止となる。
交番勤務の警察官、水瀬アキオは猫型警察ロボットの相棒、咲良(さくら)とともに《繭》の町で様々な事件に遭遇する。


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言うまでもなくこの数年の状況から着想を得た近未来ミステリ。
人工知能や通信技術の進歩は描かれるものの、《繭》システムに反抗する陰謀論者がいたり、自営業者や中小企業の苦境、引きこもり生活からくる鬱や家族間での衝突などなど、そこにあるのはやっぱり「今」の情景。
起きる事件もどれも《繭》ならではで、パンデミック系日常ミステリという感じ。

小説としては、口は悪いけど有能なロボット猫の咲良のキャラがいい。
犬型じゃなく猫型としたのは、多少市民に強圧的な態度をとっても許されてしまうからかな、というのは僕の推測笑
そんな咲良とアキオの憎まれ口をぶつけあいながらの信頼関係、絆の深さがとてもいい感じ。

ミハイル・エリザーロフ「図書館大戦争」

旧ソ連邦時代の無名作家ドミトリー・グロモフ
彼の残した数少ない著作には、人間の精神に働きかける不思議な力があった。
そのことに気付いた者たちは、「図書館」「読書室」といった秘密結社を組織し、グロモフの小説の収集に血道をあげ、時に壮絶な衝突を起こすようになる。


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あえて日本風に言うと異能バトルものとなるのかな。
タイトルは前から知っていて、映画にもなった国産アクション小説への連想から(翻訳者が個人的に有川ひろ先生のファンらしい)気にはなっていたのをやっと読んだ。
登場人物たちに目的意識も何もなく、ただグロモフの本がもたらしてくれる闘争心や歓喜、快楽、安堵のため、血みどろの乱闘や策謀が繰り広げられる。

作者は旧ソ連時代のウクライナ出身ということだけど、この時節に読むことになったのは半分以上偶然。
共産主義体制への郷愁に対する風刺とか、そういう意図もあるのかもしれないけれど、正直僕には難しかったかな。

額賀澪「世界の美しさを思い知れ」

出演映画の完成を目前に自ら命を断った俳優の蓮見尚斗

家族との不仲、マネージャーら関係者との軋轢、映画監督のパワハラ、元恋人への未練、と世間はその動機を様々に憶測する。

誰よりそれを知りたいと願う双子の兄の貴斗は、弟のスマホに届いた連絡メールから、彼が死の直前に北海道礼文島への旅行を予約していたことを知る。


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表紙に頭蓋骨が大書されててちょっとぎょっとするけど、これは終盤に登場するある国のお祭りの風景。

生まれた時から一緒だった片割れの喪失感を引きずる主人公の内面描写にちょっと重いものはあるんだけど、全体のイメージとしては、弟のかつて訪れた、あるいは行こうとしていた各地の情景描写や、そこで出会う人々との交流が美しい小説。

 

弟の死の真相を追うミステリ的なのを予想しながら読んだらちょっと違って、何小説とジャンルで言うのは難しいんだけど、紀行小説風であり、会社の同期の女性と弟の元恋人との三角関係的要素もあったり、主人公貴斗の絶望と再生の物語でもある。

エピローグの最後の一行の意味が分かった時、すごいじんと来た。

 

岡田秀文「白霧学舎探偵小説倶楽部」

太平洋戦争の末期、空襲から逃れる疎開の意味もあって、地方の小村落の寄宿舎学校へと編入することになった美作宗八郎は、寮長の滝と同学年の斎藤、最初にできたふたりの友人から、探偵小説倶楽部に引き込まれる。

彼らは5年前から続くある連続殺人に関心を抱き、独自に調査を行おうとしていた。


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昭和20年が舞台の青春ミステリ。

学校の授業はろくに行われず勤労奉仕の毎日、今よりずっとブラックだった教師たちの目を盗み、場当たりな言い逃れをこねまわしながらの捜査活動。

留年をくりかえして寄宿舎に引きこもる「教授」こと梁川の変人安楽椅子探偵っぷりや、主人公たちと行動をともにすることになる女学生の薫の勝ち気キャラ、彼女をめぐる恋愛模様なんかも面白い。