有栖川有栖「捜査線上の夕映え」

新型コロナウイルス第2波が落ち着きを見せ始めた2020年8月、あるマンションの一室で発生した殺人事件。

計画性のない発作的な犯行の様相を呈し、痴情のもつれや金銭面での確執など、動機をそなえた容疑者も数名浮上、早期解決が見込まれたものの、容疑者各人にはそれぞれアリバイが存在し、捜査は難航する。

 

とりたてて奇異なところもない、ありふれた殺人事件の捜査を撹乱させているジョーカー的な何かが存在するのか。

大阪府警はとうとう、コロナ禍によってフィールドワークからも遠ざかっていた犯罪社会学者、火村英生准教授の招聘に踏み切る。

 

平成初期からいわゆる「サザエさん方式」で登場人物たちは年を取らないまま続いてきているのだけど、阪神大震災東日本大震災、その他現実の事件や時流、風潮などへの言及もあったり、常に「今」を舞台にしているシリーズ。

今作ではとうとうコロナ禍も取り上げられ、火村准教授もオンライン授業を余儀なくされたり、警察も従来の捜査手法を修正しなくてはいけなかったりの描写も。

 

序章で作中の推理作家、有栖川有栖がいわゆる「特殊設定系ミステリ」についての所感を述べるくだり、もちろんリアル作者の考えとまったく一緒とは限らないのだろうけど、ファンには興味深かったし、このシリーズはあくまでリアルタイムの「現実」を舞台にしていくという宣言のようでもある。

 

冒頭、旅に出ることにした、という出だしなのでトラベルミステリ的になるのかと思ったら、そうなるのは終盤に差し掛かってからで、主な舞台はアリスたちのホームグラウンドである大阪。

聞き込みや裏取り、捜査会議の場面がずっと続いて、長編にしては地味では、と感じたりもしたけど、読み進めればそれを補うほどの衝撃の展開が待っている。

シリーズ愛読者でなくても楽しめるように書いたとあとがきに出てくるけど、この驚きはやっぱりファンだからこそ。

まさかまさかのジョーカーだった。