時雨沢恵一「キノの旅/the Beatiful World」

旅人キノの訪れたその国は、入国許可から宿の手配、サービスにいたるまでが機械化され、人間の気配がまったくなかった。
それでも、ひとつの国に3日は滞在するという自分に課したルールに従い、愛車エルメスを駆って国民の姿をさがしたキノは、やがて森の中の居住エリアでようやくひとりの男性に出会う。

言葉を解する二輪車エルメスを相棒に世界を旅するキノの物語。
もう現代の古典といってもいい有名作で、僕もあちこちで評価を聞いてはいたのだけど、今回がこの作者自体初読。

アンチユートピア・ロードノベルとでもいうのか、キノの訪れる様々な法律や制度、慣習を持った国のありさまが主軸。
最初から明確な悪意を持ってそうしたのでもなく、ひとつの理想を目指して始まったはずの制度が結局は国を衰退させていく。
ガリバー旅行記」的風刺小説としても読み解けそう。

表紙からもっと西部劇みたいなガンアクション的なのを想像もしたのだけど、それはわりとあっさり目。
簡潔な描写ともあいまってそこが物足りない人もいるかもだけど、僕はあんまりアクション多めは苦手なので、ちょうど良かった。
キノのキャラは個人的にかなりツボで、エルメスとのやりとりなんかもいい味。

野村美月「『嵐が丘』を継ぐ者/むすぶと本」

本の声を聞くことができる榎木むすぶが、ある古書店で耳にした助けを呼ぶ声は、新刊書店で万引きされて売られてきたという、志賀直哉小僧の神様」だった。
その書店では、同じ少年たちによって犯行がくりかえされているという。

本の声に導かれて様々な事件に巻き込まれる短編シリーズの2巻目。
正確には、もともとの原点にあたる長編作品があって、こちらはスピンオフということになるようで、僕はそのエピソード0的長編は未読。
それでも楽しめるようには出来ているのだけど、ところどころ読んでいた方が分かりやすいのかと思う箇所も。

本の声を聞くという特殊能力を何の屈託もなく受け入れて、“恋人”の夜長姫にデレっぱなしの主人公に、僕はちょっと引くかもしれない。
かなりきわどい塗れ場もあり。
それでも基本的にはハッピーエンド揃いの心暖まる読み味。

表題作に入っている「嵐が丘」はじめ、実在する本のあらすじ紹介的要素も楽しみのひとつ。
これはてっきり架空と思った、恋愛マニュアル本「すべてはモテるためである」も実在するようで、驚いた。
最後の一編にだけ架空の小説家の架空の作品群が出てくるのだけど、分かる人には分かるモデルはあの人で、解決にいたるきっかけも含めて、吹いた。

 

柄刀一「流星のソード/名探偵・浅見光彦vs.天才・天地龍之介」

北海道の出版社からオファーを受け小樽を訪れた浅見光彦

その過程で訪れた榎本武揚建立の龍宮神社で、かつて山梨で邂逅し同じ事件を追った天地龍之介らと再開する。

 

従兄の光章らと、龍宮神社に奉納された“流星刀”の公開を見物に訪れていた龍之介は、そこで発生した変死事件に関わることになってしまっていた。

そして、見物客でにぎわう神社の境内で毒殺死を遂げた女性、樫沢静華(かしざわしずか)は、浅見の同行者となった編集者、牧野ルイの人生をかつて狂わせたインターネットインフルエンサーだった。

 

さらに海岸線に遺棄されていた死体が発見される。

ふたつの死体にはどちらも石川啄木の短歌の見立てがほどこされていたことから、事件は連続殺人の様相を帯びる。


f:id:onewaykun:20220513055231j:image

内田康夫の生んだ名探偵、浅見光彦とこの作者のオリジナル探偵との競演作2作目。

第1作もそうだったのだけど、ふたりの主人公の性格からか推理合戦的にはならず、この手のクロスオーバーものにしてはお祭り感は薄め。

どちらかの主人公単独の話にしても良かったんじゃないかと思ったのだけど、最後まで読めばやっぱり二大探偵ならではの真相で、解決編。

 

榎本武揚が隕石から作らせ、一振は皇室に献上もされたという流星刀の製作に関わったはずなのに、文献にほとんど登場しない刀鍛冶、刻国(ときくに)の謎も面白い。

 

 

 

 

有栖川有栖「捜査線上の夕映え」

新型コロナウイルス第2波が落ち着きを見せ始めた2020年8月、あるマンションの一室で発生した殺人事件。

計画性のない発作的な犯行の様相を呈し、痴情のもつれや金銭面での確執など、動機をそなえた容疑者も数名浮上、早期解決が見込まれたものの、容疑者各人にはそれぞれアリバイが存在し、捜査は難航する。

 

とりたてて奇異なところもない、ありふれた殺人事件の捜査を撹乱させているジョーカー的な何かが存在するのか。

大阪府警はとうとう、コロナ禍によってフィールドワークからも遠ざかっていた犯罪社会学者、火村英生准教授の招聘に踏み切る。

 

平成初期からいわゆる「サザエさん方式」で登場人物たちは年を取らないまま続いてきているのだけど、阪神大震災東日本大震災、その他現実の事件や時流、風潮などへの言及もあったり、常に「今」を舞台にしているシリーズ。

今作ではとうとうコロナ禍も取り上げられ、火村准教授もオンライン授業を余儀なくされたり、警察も従来の捜査手法を修正しなくてはいけなかったりの描写も。

 

序章で作中の推理作家、有栖川有栖がいわゆる「特殊設定系ミステリ」についての所感を述べるくだり、もちろんリアル作者の考えとまったく一緒とは限らないのだろうけど、ファンには興味深かったし、このシリーズはあくまでリアルタイムの「現実」を舞台にしていくという宣言のようでもある。

 

冒頭、旅に出ることにした、という出だしなのでトラベルミステリ的になるのかと思ったら、そうなるのは終盤に差し掛かってからで、主な舞台はアリスたちのホームグラウンドである大阪。

聞き込みや裏取り、捜査会議の場面がずっと続いて、長編にしては地味では、と感じたりもしたけど、読み進めればそれを補うほどの衝撃の展開が待っている。

シリーズ愛読者でなくても楽しめるように書いたとあとがきに出てくるけど、この驚きはやっぱりファンだからこそ。

まさかまさかのジョーカーだった。

 

 

人間六度「スター・シェイカー」

人間のテレポート能力が研究され、法整備や実用化の進んだ未来。
赤川勇虎(あかがわいさとら)は、旅行者や貨物を運ぶ職業テレポーター、剛力(ゴウリキ)だったが、事故で人を死なせてしまい、心因性の疾患によってテレポート能力を失う。
そんな彼はある日、町で行き倒れていた少女、ナクサを助ける。
巨大な組織に育てられ、違法なテレポートでその犯罪行為に関わっていたという彼女とともに、勇虎もまた組織から追われることになってしまう。


f:id:onewaykun:20220501154255j:image

去年2021年のハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。
よく言えば濃密で壮大、悪く言うと詰め込みすぎで、コンテストの選評でも言われているように構成に難があったかも。
本当なら三部作くらいのシリーズものでやるのがいいくらいかもしれなくて、ところどころ展開が飛躍しすぎ、一本の小説としてみると、迷走とも見えてしまう。

それでも、偶然に知り合った少女との逃走劇、その中で知ることになる巨大な陰謀、テレポート万能社会の真実、とストーリーはすごく良い。
テレポート社会から取りこぼされ、放棄された高速道路上に独自の社会、文化を築くロードピープルたちの描写、勇虎たちと道連れになるマフラーのキャラ、追手のテレポーターたちにもひとりひとり物語が用意されていたり、惹かれるものは随所にある。
新人作家のデビュー作にありがちな、思い付いたアイディアを全部やってしまったみたいなアンバランスさはあるものの、疾走感ある佳作という感じ。

SFを読みなれた人の感想も聞いてみたいかな。

野村美月「『外科室』の一途/むすぶと本。」

聖条学園に通う榎木むすぶは、本の声が聞こえる能力を持った、それ以外は平凡な高校一年生。

本である恋人の夜長姫(よながひめ)の焼きもちに悩まされながら、本たちの悩みを聞くと放ってはおけない、「本の味方」。

 

ある時、駅の貸本コーナーから助けを求める声を聞いてしまい、その本「長くつ下のピッピ」を手に取る。

“彼女”は、もともとはハナという女の子の持ち物だったのだが、駅に置き忘れられてしまい、落とし主不明のまま駅の貸本コーナーに置かれることになったのだという。

なんとかしてハナのもとへ帰りたいと願う彼女のために、むすぶは落とし主の捜索を開始する。


f:id:onewaykun:20220423192200j:image

この前日譚になる話があるようで、そちらを未読だとピンと来ないところはあったけれど、本と読み手との関り合いをテーマにした日常系ミステリで、読書好きには惹きこまれるものがある。

むすぶがどこまでも純朴で素直で、僕みたいなすれた読者にはそれがちょっと鼻白むというのはあったけれど、全体にほっこりする読み味。

 

全5編収録のうち、ラノベを扱った第2話だけ架空の作品(たぶん)なのだけど、それ以外は誰でも読んだことがあるか、タイトルや作者名くらいは知っているはずの古典、名作が登場して、そんなところも読書好きには楽しめるはず。

陸秋槎「文学少女対数学少女」

推理小説好きの高校生、陸秋槎(りく・しゅうさ)と、数学の天才で少し変わり者の韓菜盧(かん・さいろ)のふたりが織り成す短編4編収録。


f:id:onewaykun:20220418053800j:image

秋槎や他の登場人物が書いた作中作の「犯人当て小説」をめぐる推論がメインで、現実の事件も同時に解決したり、推理小説論が展開したりも。

連続体仮説」「フェルマー最後の事件」「不動点定理」「グランディ級数」と、タイトル並べれば分かる人には分かると思うけど、かなり理数系のミステリで、秋槎同様根っから文系の僕にはその辺かなり手強かった。
それでも、秋槎と菜盧、ふたりの友情や絆が甘酸っぱい青春小説として、味わい深い。