アレックス・ベール「狼たちの城」

1942年3月、ナチス政権下のドイツ、ニュルンベルグ
古書店主のユダヤ人、イザークと彼の一家にポーランドへの移送通知が届く。
そこで待ち受ける運命から逃れるため、彼はレジスタンス組織に参加している元恋人のクララを頼る。
彼女が彼のために用意したのは、親衛隊特別捜査官、ヴァイスマンの身分証明書だった。
その偽りの身分でゲシュタポの内部に潜り込み、ナチス政権を揺るがすある機密文書を入手して欲しいというのだ。
困惑し、不安と恐怖に襲われながら、イザークナチス高官の居住する居城で起きた殺人事件の捜査を演じつつ、囚われの身であるレジスタンスのメンバーと接触を試みる。


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ある機密文書の探索と、古城で起きた殺人事件の捜査を、偽の身分を暴かれないよう苦心しながら平行して進めなくてはいけない。
迫害される立場から一転、強大な権力を行使する側に回った善良な主人公の苦闘劇
犯罪捜査なんか素人で、古書店店主らしい文学知識ととっさの機転、はったりで周囲をごまかし通す主人公が、一種ユーモラスで、それでいてちょっとしたしくじりが恐ろしい運命に繋がりかねない緊迫感。

 

特別捜査官になった主人公の部下になるシュミット伍長が、仕事熱心で誠実でちょっと抜けたところもあって、と好感の持てるワトスン役なんだけど、そんな彼がナチス親衛隊士官なんだと思い出してはぞっとさせられる。
いや、あの時代ヒトラーに熱狂したドイツ人は、みんながみんな邪悪な狂信者だったわけではなく、ひとりひとりはこのシュミット伍長のような普通の人だったのだろう。

 

主人公が初めて足を踏み入れたゲシュタポのオフィスが、多くの同胞を苦しめる地獄のような場所でもなく、そこで働く人々も悪魔のようではない、整然として効率的な役所にしか見えないと感じるところなんかも考えさせられる。